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ウィリアムソン

イギリスでいち早く映画機材発売に乗り出したウィリアムソン社が1906年(明治39年)年代頃に発売したカメラ。手回し駆動で、200feet容量で200秒撮影ができた。木製である。日本の高密工場がこれを参考に改良を重ね、1923年(大正12年)、コーミツを発売しました。


no: 1


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ユニバーサル

ユニバーサル 1906年(明治39年)年代初期から木製長方形200feet容量のカメラとして登場。アメリカ、パーク・エンド・ジエィムス社/ユニバーサル・カメラ部製で単一レンズ交換式、シャッター開角度可変。ボデーのハンド・クランク脇にある小窓を覗いてフィルム像が見られる。1910年(明治43年)に他メーカーに先がけて総金属ボディに改め、フィルム容量を400feetとしレンズ下方で、外よりフィルムへパンチが打てる。現像の時の印として使う。この展示カメラは日露戦争に従軍し、藤原幸三郎カメラマンにより映画記録されました。 


no: 2


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セプト SEPT

1925年ごろ(大正14年)フランス、手軽に扱える35ミリカメラとして、アマチュア層を考えたカメラ。写真カメラと活動写真の両方をもたせながら、数種のファインダー・プリンター・映写機までこなすという、いかにも、リュミエールを生んだフランス的な7変化の小型カメラといえます。 当時発売価格330円。今ならば家一軒の値段となるでしょう。


no: 3


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デブライ

アメリカ、1928年(昭和3年)ごろ、デブライ社が簡易型35ミリカメラとして発売。大きな弁当箱と言う感じです。単レンズで、100feetで100秒撮影出来ました。高価でも、映画に興味のある人が、手を出せる時代になったと言えます。


no: 4


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パルボ K

パルボ K 1910年代(明治43年)に前身のアンテルビュの形態と形式を踏襲しながら名称を変えフィルム容量を400feetとしてE・H・J・JKと機能と精度を高め、またボデーを木製から軽金属に改め、さらにK型を経て1927年(昭和2年)にL型とし、その間にレンズの距離メモリに連動する表示、72コマのオーバーラップ、任意の手動オーバーラップ、画像透視方式の改変などを加え、ヨーロッパ各国や日本で最も使いやすく有能なカメラとして各種映画分野に多用された。とくに木製パルボは“木パル”と愛称された。


no: 5


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パルボ L




no: 6


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アケリーカメラ

アケリー三脚 1913年(大正2年)頃、アメリカの探検家C・アケリーが野獣の生態撮影用に考案した、異形のカメラに使った三脚。ジャイロ機能がそなわっていて、 スムースな、パンができた一方、殺陣場面など動きの早い撮影に使用されていた。


no: 7


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パテベビー撮影機

9.5ミリ・ パテベビー撮影機・フィルム・映写機 1920年(大正9年)フランス、パテ社は愛好家向けに小型カメラとフィルムと映写機を発売した。この市場は、のちにコダック社の16ミリ・カメラ・フィルム・映写機に圧倒されるが、多くの人に映像の世界を身近に手軽な物にした。今日のホームビデオの先輩である。


no: 8


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パテベイビー映写機

9.5ミリ・ パテベビー撮影機・フィルム・映写機 1920年(大正9年)フランス、パテ社は愛好家向けに小型カメラとフィルムと映写機を発売した。この市場は、のちにコダック社の16ミリ・カメラ・フィルム・映写機に圧倒されるが、多くの人に映像の世界を身近に手軽な物にした。今日のホームビデオの先輩である。


no: 9


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アロー




no: 10

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